アーサー・コナン・ドイル 著作、 深町 眞理子 翻訳の作品のご紹介です。
シャーロック・ホームズ シリーズの第1作目である長編小説です。
ホームズとその相棒ワトスンの出会いの物語としても謳われています。
「緋色の研究」、また読みたい?
★★★☆☆
「緋色の研究」ここが好き
ホームズの人柄に惹かれました。
探究者たる姿勢への個人的な憧れからだと思います。
必要な知識、そうでない知識との分別のつけ方がとても好きです。
モノを見る”姿勢”や考え方が 一風変わった「愛すべき変人」という印象。
出版当時は「推理小説」というジャンルが確立されていなかったということもあってか
「推理モノ」として推せるかどうかは難しいところ。
どんでん返しやトリックの謎解きを求める方には物足りなさを感じるかも。
「推理とはどういうことなのか」というテーマを軸に
ホームズの哲学に触れられるのが楽しい作品です。
私自身、この小説でホームズに出会ってホームズの考え方に触れられたことが
よい読書体験になりました。
「緋色の研究」ここが残念
物語の中盤、急な場面転換があり
あれ…?ホームズ…?ホームズ終わった…?
ともはや迷子。
ホームズ読んでて「ホームズ終わった」ってなんだ。きっと私が読書下手なのもありますね。
中盤からは、犯人が犯行に至るまでの背景が終盤まで物語られることになるのです。
冒頭からホームズに関心がぐわっともっていかれたぶん
物語に溶け込めきれずに読む速度がもっさりになりました。
きっと「ホームズの活躍が見たい!」って方は似た感覚になるかもしれない。
「緋色の研究」残念でもここは好き
ホームズがいない場面についてですが
時代背景、文化背景を楽しもうと思ったらそれはそれであり。
「楽しむ」というには、明るい気持ちにはなれない背景ですが。
犯行に至るまでの裏打ちが深いです。
虚ろのワトスン
ホームズと出会う前のワトスンのなんとも空虚な感じが好き。
ひとりの身寄りも知人も持たない身であり、したがって空気のように身軽で自由な―
「緋色の研究」より 著書:アーサー・コナン・ドイル 翻訳:深町 眞理子
手もとの金を分不相応に費消しながら、なんの生き甲斐も目的もない、鬱々たる日々を送っていたが、ふと気づいたときには、ふところぐあいがいちじるしく悪化していて、
「緋色の研究」より 著書:アーサー・コナン・ドイル 翻訳:深町 眞理子
当時の私がおよそ無目的な暮らしを送り、これといって心をひかれるものなど、なにひとつ持ちあわさなかったということを。健康が許さぬため、よほど天候が穏やかな日でなければ、外出すらままならなかったし、ふらりと訪ねてきて、退屈な日常を慰めてくれるような友達もいない。
「緋色の研究」より 著書:アーサー・コナン・ドイル 翻訳:深町 眞理子
湿っぽさはないのですが、それでいて鬱々とした雰囲気を纏っているのに惹かれます。
こういう「なにもない」みたいなのに惹かれるのってなんなんだろう…。
でもよいよね。
ワトスンが空っぽだったからこそ ホームズとの出会いが彼には心底 心が弾むものだったのだろうし
私にもその出会いの面白さを共感できたんだろうなと思います。
嗜好の探究者ホームズ
本人がなにか明確な目的を持ってそうするのでないかぎり、これほど深く勉強に打ちこんだり、かくも精細な知識を得ようと努力したりすることは、まずありえないだろう。ただ漫然と学ぶだけで、身につけた学問がその緻密さでひとを驚嘆させる、などという事態は、めったに起きるものではない。そうするだけのなにかれっきとした理由がないかぎり、ひとはわざわざ細かなことで頭を悩ませたりすることはないのだ。
「緋色の研究」より 著書:アーサー・コナン・ドイル 翻訳:深町 眞理子
ワトスンから見たホームズの「学ぶ姿勢」です。
これは憧れる。ここまで突き詰められるだけの人になりたい。
でもそれが難しいことだから、ホームズ好きだなあと強く思えたんだろうな。
〖名言から学ぶ〗ちっぽけな頭には選りすぐりの知識だけを
人間の脳というのはもともと小さなからっぽの屋根裏部屋のようなもので、ひとはおのおのその屋根裏に、選び抜いた家具だけをしまっておくようにしなきゃいけない。ところが、愚かな連中は、たまたま目についたものをなんでも見さかいなくそこに詰めこんでしまうから、おかげで、役に立つ知識もそのために押しだされてしまったり、あるいは、せいぜいよく言っても、ほかのがらくたのなかにまぎれこんで、いざというときに、とりだせなかったりする。
「緋色の研究」より 著書:アーサー・コナン・ドイル 翻訳:深町 眞理子
とりいれるのは、自分の仕事に役だつはずの道具だけですが、それでも、とりいれたものは非常に多岐にわたるし、しかもすべてが完璧に整頓されている。とはいえ、この小さな部屋の壁に伸縮性があって、どこまでもふくらますことができる、などと考えるのはまちがいのもと。そんな考えに頼っていると、やがて部屋が満杯になって、ひとつ新しい知識をとりいれるたびに、前に覚えたなにかがひとつ忘れられる、といった事態がやってくる。ですからね、なにより重要なのは、無用な知識が有用なそれを押しだしてしまう、などといったことが起こらないようにすること、これに尽きます」
誰かにとっての常識でも、はたまた別の誰かにとっては取るに足らない知識。
自分が必要と思った知識だけを 頭のなかに置いておくのに努めるのがよいよ、と。
自分で遮断しなければ勝手に流れてくるような情報は私も好まないので
ホームズの考えには頷けます。
ホームズほど徹底はできないのでおこがましい気はするのですが。
「知識」に限らず頭のなかを「好きなこと」で埋め尽くしたい
と思っている節が私にはある。そうなるとやっぱり甘々ですね。
〖名言から学ぶ〗論ずるよりもまず根拠を
「具体的な証拠がそろわないうちに、論を立てようとするのは大きなまちがいだよ。それは判断をゆがめるおそれがある」
「緋色の研究」より 著書:アーサー・コナン・ドイル 翻訳:深町 眞理子
事件の謎を解いてほしいと刑事からの依頼を受け、2人が現場に向かうという場面。
気分が晴れずについ
「きみはどうやら目前の問題について、さっぱり頭を悩ませていないみたいだ」
と皮肉を込めた言葉を吐くワトスンに向けたホームズの言葉です。
頭を悩ませるなら頭を悩ませるだけのことにぶつかってからでもよいのでしょうね。
先の見えていない不安なことって
実際に困った事態に陥る前に頭を悩ませてしまっていることが多い気がします。
〖名言から学ぶ〗どんなことにも1度は前例がある
「”日の下に新しきものなし”って言うじゃないか。どんなことでも、必ず前に1度は起こっている」
「緋色の研究」より 著書:アーサー・コナン・ドイル 翻訳:深町 眞理子
こういう目線で物事を捉えられていたら、惑わされずに済みそうですね。
私は目新しくみえるものに動揺したり 遠ざけたりばっかりなので。
前例をただの前例にしない意識が大切なんだろうなと思いました。
きっとヒントはどこにでもあるよということ。
自分の身に起きたことでなくても 先に進む可能性として拾えるものは拾っていけるようになりたいです。
〖名言から学ぶ〗天才とは無限に努力しうる才能
「”天才とは無限に努力しうる才能”なんだそうだ」
「緋色の研究」より 著書:アーサー・コナン・ドイル 翻訳:深町 眞理子
ホームズはこの言葉に対して「雑駁な定義」と笑いはするものの
それこそずっと頭のなかに置いて、それを軸にしているようにも見えます。
それか、”都合よく”自分のしたいことに敢えて当てはめているか。
〖名言から学ぶ〗想像力の働く隙には恐怖あり
「この事件には、ある種、謎めいたところがあって、それが想像力を刺激するんだ。想像力の働かないところには、恐怖も生まれないからね」
「緋色の研究」より 著書:アーサー・コナン・ドイル 翻訳:深町 眞理子
人の想像が働く隙があるということは
事実を超えた感情も混じりうるということ。
謎が多い、つまり隙が大きければ大きいほど、人の考えが及ぼすものも大きいんですね。
「こうであって欲しい」と期待が込められたり
「こうだとしたら怖い」と恐れを抱いたり。
ホームズのように分析的に論を立てられたらいいのですがそうはいかないのが現実。
〖名言から学ぶ〗自分の評価を他に依存しない
「”ばかものはつねにおのれを褒めたたえるばかものを見つけだす”とも言うじゃないか」
「緋色の研究」より 著書:アーサー・コナン・ドイル 翻訳:深町 眞理子
そういうばかものではありたくないなと思いました。
言葉を選ばない感想ですみません。
周りに自分の評価を委ねるよりも、自分の軸で評価できたらいいな。
自分の世界に閉じこもるというわけではなく。うーん難しい。
〖名言から学ぶ〗「何かおかしいな」の捉え方
「あるひとつの事実が、そこまでたどってきた長い推理の筋道と矛盾するように見えるときは、必ずやそこに、なにかべつの解釈がありうるということに」
「緋色の研究」より 著書:アーサー・コナン・ドイル 翻訳:深町 眞理子
「いつの場合も、たんに奇異に見えることと、ほんとうの謎とを混同しちゃいけない」
「緋色の研究」より 著書:アーサー・コナン・ドイル 翻訳:深町 眞理子
ホームズのモノの見方や考え方はとても勉強になる。
「何かおかしいな」が正解への近道になる
奇異にみえることに気を取られて本質を見失わないようにする
それぞれそんな教訓として肝に銘じておきます。
〖名言から学ぶ〗成功は努力と不屈の精神力とから
成功が人間の努力と、人間の不屈の精神力とによってもたらされるものであるかぎり、これからとりかかろうとするこの仕事でも、けっして失敗なんかするものか、と心に誓ったのだった
「緋色の研究」より 著書:アーサー・コナン・ドイル 翻訳:深町 眞理子
これはホームズの言葉ではないのですが好きな一節。
かなり追い込まれた状況でないとなかなかこんな心境にはならないと思います。
ゆるゆるとした生活のなかでは
こんな風に努力や不屈の精神力に頼るなんて場面そうそうないと思うので。
ゆるゆるとした生活は私の望むものではあるし
でもそうなりたいからこそ努力も不屈の精神力も必要なものではあると思うし
ぶれぶれなんです。でも、考えさせられる。
〖名言から学ぶ〗まだ見ぬ未来に怯えない
「なにか異変がありはしないかとびくびくするのは、そむいたあとだって遅くはないさ」
「緋色の研究」より 著書:アーサー・コナン・ドイル 翻訳:深町 眞理子
まだ起きてもいないことに怯えるなんて損。
実際に事が起きてからのほうが怯えがいがあるというもの。
甲斐があるというのも変な話なのですが。
〖おまけ〗漠然とした宙ぶらりんな不安
形のある脅威が相手なら、決然として立ち向かってゆく覚悟も
「緋色の研究」より 著書:アーサー・コナン・ドイル 翻訳:深町 眞理子
あるのだが、こういう漠然とした、宙ぶらりんな不安には、どうにも心が萎えるばかりだ。
好きな表現。なんとなく共感できる。
ぼんやりとしていて形にしにくい不安。そういったものの心の削れることといったら。
こういうときは自分の行動で何かしら形にできるなら形に起こせるとよいと思います。
よく見聞きするのを参考にして
「不安を文字にする」というのをよくやりますがこれが私には結構合っています。
形になったら、立ち向かう覚悟も指針も見えてくることもある。
〖名言から学ぶ〗世間の評価に期待しない
「あのね、どれだけ仕事をしたかなんてこと、世間じゃたいして問題にはされないのさ。問題はむしろ、どれだけの仕事をしたと、世間に信じさせられるかどうかなんだから」
「緋色の研究」より 著書:アーサー・コナン・ドイル 翻訳:深町 眞理子
これをわかっていて、自分を大きく見せようとしないホームズが好きです。
世間のモノの見方を知ったうえで飄々と生きて、ホームズはホームズの仕事をしている。
周りの評価に期待しないで、自分で自分を評価して納得できるという能力の顕れだと思う。
ホームズの推理論
「たいていのひとは、一連の出来事を順序だてて説明されれば、その結果がどうなるかを言い当てることができる。それらの出来事を頭のなかで積み重ねていって、そこから出てくる結果を推測するわけだ。しかるに、ある結果だけを先に与えられた場合、自分の隠れた意識の底から、論理がどういった段階を経て発展して、そういう結果にいたったのか、それを分析できる人間はほとんどいない。あとへあとへ逆もどりしながら推理する、もしくは分析的に推理するとぼくが言うのは、この能力のことを意味してる」
「緋色の研究」より 著書:アーサー・コナン・ドイル 翻訳:深町 眞理子
すでに起こった出来事という一面だけでは「本当のこと」はわからないんだなあと。
そこに至るまでの 見ても聞いてもいないことを
ありのままに捉えるということが本当に難しいことなんだなあと。
この言葉は、ホームズに寄せる信頼のようなものが大きくなりますね。
与えられるものだけをそのまま受け止めずに、自分で考えるということを大切にしたいと思いました。
〖ひとりごと〗
ひええとんでもなく長い読書感想文になってしまいました。
読書感想シリーズの2記事目にして(自称)大作です。
この記事を書くにあたり好きな節のあるページを開いてみると
その一節だけではなくてその周りのセリフも好きだなあと思ったり
さらにはそのページ全体のやりとりやワトスンの手記的文章が好きだなあと思ったり
つまりもうこの作品の虜になったということなんだな。
シャーロック・ホームズ、よき。
コメント